家を出され、生活費ももらえない
突然離婚を切り出され、話し合いにも応じないで、「とにかくこの家は自分が借りたものだから、離婚する以上は出ていってもらう!」などと理不尽な要求を突きつけられたらどうしますか?
険悪な雰囲気で、そのまま家にいるのも辛いし、とりあえず短期間だけ家を出ようと実家に帰ってみたら鍵も交換され、荷物は実家に送りつけられ、連絡しても出ないし、生活費を支払ってくれないという状況に陥ることがあります。
このようなやり方を兵糧攻めともいい、専業主婦など収入がない方にとっては、とたんに生活が立ち行かなくなり、対等な協議もできないままに離婚に追い込まれてしまうのです。「聞く耳がないからどうしようもない…」と諦めてしまうこともあります。

兵糧攻めは夫婦間の生活保持義務の懈怠
生活費を支払わずに離婚に応じさせようとするやり方を兵糧攻め(敵を包囲して食糧補給を断ち、戦う力や意思を弱めて降参させる戦法)に例えられたりもします。しかし、このようなやり方は法律で定められた義務を果たさないということに他なりません。民法は夫婦間の扶助協力義務として次のように定めています。
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(婚姻費用の分担)
第七百六十条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
婚姻費用の分担義務は、単に最低限の扶助をすれば足りるというものではなく、自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させることが必要です(生活保持義務)。子どもがいる場合には、当然に子どもの生活費も分担する義務があります。収入が多い側が生活費を払わないという兵糧攻めは法律上の義務である婚姻費用分担義務の懈怠なのです。
婚姻費用としていくら請求するか
婚姻費用の額は、通常は夫婦間で話し合って決めるのですが、兵糧攻めをされているような場合には話し合いは難しいでしょう。このような場合には、後述するように家庭裁判所の調停や審判によることが多いでしょう。その家庭裁判所が婚姻費用を算定するにあたって活用しているのが、標準算定方式・算定表(令和元年版)です。
この表は裁判所のホームページで公表されています(裁判所ホームページ「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について」https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/H30shihou_houkoku/index.html)。
この算定表は、簡易迅速に婚姻費用の額を定めるために用いられるものであり、この算定表に従って婚姻費用を定めたとすると著しく不公平となるような特別の事情がある場合には、そのような事情を考慮して額が定められることになります。
家庭裁判所の手続を利用する
夫婦間での話し合いによって婚姻費用の分担額を決めることができないと判断した場合には、できるだけ早く家庭裁判所の手続を利用するべきです。なぜなら、婚姻費用の発生時期は、請求がなされたときからとされることが多く、具体的には婚姻費用分担調停の申立時などの明確な時期が始期とされることが多いのです。では、家庭裁判所の手続とはどのようなものであるか、簡単に解説します。

婚姻費用分担調停
婚姻費用の金額について夫婦間で話がまとまらない場合、最初に検討するべき家庭裁判所の手続が婚姻費用分担調停です。裁判所の手続きなので紛争というイメージがあるかもしれませんが、調停手続は話し合いによる解決を模索する手続です。
裁判官1名と調停委員2名(調停委員会)が夫婦の間に入って話し合いを行うのですが、単に双方の主張や事情を聞いて伝えるだけではなく、資料の提出を求めたり、必要な助言をして解決案を提示するなど円満な解決に向けたサポートをしてくれます。調停を利用する場合の大きなメリットとして、合意により決まる手続であることから、調停で決まった金額を任意の支払いを受けられる可能性が高い点です。
なお、調停で解決できなかった場合には後述のとおり、自動的に審判手続が開始され、拘束力の判断がなされます。
婚姻費用分担審判
審判に移行した場合は、調停と異なり、裁判官が判断を行います。流れとしては、主に調停時の資料をもとに審問が行われます。このため調停段階での主張や資料の提出は審判となることも見据えた対応が必要になります。特に兵糧攻めをされているような場合には、調停では解決できないことも多いでしょう。
なお、審問に際して新たな資料の提出が行われたり、家庭裁判所の調査官による調査が行われることもあります。また、話し合いによる合意に可能性認められた場合には、再度、調停に付され、話し合いによる解決を目指すこともあります。
審問などの審理を終えると裁判官が婚姻費用の額を判断して決定します。この決定を審判といいます。審判から2週間以内に不服の申立てをしなかったり、不服申立てが認められなかった場合には審判は確定します。審判が確定したにもかかわらず、婚姻費用が支払われない場合には給料の差し押さえなどの強制執行が可能です。兵糧攻めをされている場合には、強制執行についても想定しておく必要があるでしょう。
※ この記事は、執筆当時の法令や判例、実務的な運用に基づいて作成しています。また、一般的な情報提供を目的とした記事となりますので、個別の事案については法律相談をご検討ください。