民事裁判の基本原則
司法関係の職業に携わっている方以外は、裁判に慣れているという方は多くないと思います。そして裁判というと裁判所がしっかりと真実を見つけ出し、公平公正な判断をしてくれるというイメージの方も多いのではないでしょうか。
しかし、実際の裁判は少し違っていて、裁判官に正しい判断をしてもらうためには、当事者が主張し、そして争いのある事実を裁判所に認定してもらうためには、当事者が裁判所に証拠を提出する必要があります。専門用語でいうと、この民事訴訟の基本原則を「弁論主義」(裁判の基礎となる訴訟資料の提出を当事者の権能かつ責任とすること)といいます。

民事訴訟と証拠
弁論主義がどのようなものかについては、3つの命題として説明されます。
①裁判所は、当事者が主張していない事実を認定して裁判の基礎とすることは許されない
②裁判所は、当事者間に争いのない事実はそのまま裁判の基礎にしなければならない
③争いのある事実について証拠調べをするには、原則として、当事者が申し出た証拠によらなければならない
今回の記事のテーマである「証拠」についての命題は③です。裁判の中で事実に争いがある場合は、自分で証拠を集めて、裁判所に提出しなければならないということです。
証拠と証拠価値をしっかりと検討する
証拠というと契約書などの書類の証拠が真っ先に頭に浮かぶと思います。書類の証拠以外にも防犯カメラやドライブレコーダーなどの映像の証拠や録音データも証拠になり得ます。また、人の言葉も証拠になります。証人による証言や紛争の当事者の供述も証拠になります。
それぞれの証拠が、どれほど事実を証明する力(証拠価値)を持っているかは、さまざまで、同じ書類の証拠でもメモ書きのようなものと、きちんとした体裁を持って、署名や印鑑も押されている書類では証拠価値は異なります。民事訴訟の結果を見通すためには、主張が法的に成り立っているかだけではなく、どのような事実に争いが生じそうか、その争いのある事実について証拠がどれだけあるか、それらの証拠の証拠価値がどれほどのものかということをしっかりと検討する必要があります。
自分が持っていない証拠を集める方法
この証拠は、常に自分が持っているとは限りませんし、自分が持っている証拠だけで十分な立証ができるとも限りません。自分以外の第三者が証拠を持っていたり、紛争の相手方が証拠を持っている場合もあります。そのような証拠を集めるにはどうすればよいのでしょうか。
この証拠収集こそ、民事訴訟において重要かつ難しい問題であり、さまざまな証拠収集の方法を熟知し、それを駆使することが求められるのです。では、証拠収集の方法をいくつかご紹介します。

弁護士照会(弁護士法23条の2)
自分以外の第三者が持っている証拠について、使わせてほしいとお願いしても「個人情報」であることを断られるなど、協力を得られないことも多いでしょう。そのような場合でも弁護士の場合、弁護士会を通じて必要な事項の報告を求めることができます。弁護士法という法律では次のように規定されています。
(報告の請求)
第二十三条の二 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。
2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
これを「弁護士会照会」といいます。この弁護士会による照会は、法律に基づいていますので、照会を受けた公務所(市役所など)又は公私の団体(会社など)は回答する義務があります。この弁護士照会は、民事訴訟になる前の段階でも行えます。
求釈明(民事訴訟法149条3項)
民事訴訟の段階に至ると民事訴訟法という法律が定めた証拠収集の方法を駆使します。例えば、紛争の相手方に事実関係を説明させたり、証拠の提出をさせることが考えられます。そして民事訴訟法には次のような条文があります。
(釈明権等)
第百四十九条 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
3 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。
簡単にいうと、民事訴訟では裁判長は、紛争の当事者に対して事実や法律上の主張について、説明を求めることができます(釈明権)。そして当事者は、裁判長に対して「〇〇について、裁判所から相手方に説明を求めてください」と要望できるのです(求問権)。回答する義務はありませんが、回答を拒否することで裁判長の心象に影響を与えることになります。
当事者照会(民事訴訟法163条)
裁判長を通じて質問するのではなく、相手方に直接質問することもできます。これを当事者照会といいます。なお、訴訟の当事者以外の第三者には照会できません。
(当事者照会)
第百六十三条 当事者は、訴訟の係属中、相手方に対し、主張又は立証を準備するために必要な事項について、相当の期間を定めて、書面で回答するよう、書面で照会をすることができる。ただし、その照会が次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 具体的又は個別的でない照会
二 相手方を侮辱し、又は困惑させる照会
三 既にした照会と重複する照会
四 意見を求める照会
五 相手方が回答するために不相当な費用又は時間を要する照会
六 第百九十六条又は第百九十七条の規定により証言を拒絶することができる事項と同様の事項についての照会
当事者照会に回答するにあたっては、書面で回答する必要がありますので、その回答を証拠として提出したり、回答がなければ回答がなかったことを証拠にして提出することもあります。
文書提出命令(民事訴訟法219条)
文書提出命令とは、相手方当事者又は第三者が文書を所持する場合に、その所持者が文書の提出義務を負う場合に限り、裁判所がその所持者に対して当該文書の提出を命じる制度です。文書提出命令に従わない場合には、その文書の記載に関する主張を真実と認めることができる(民事訴訟法224条1項)という強い効果があるため、厳格な要件があります。また、文書を所持している者が文書提出義務を負わない場合は後述する文書送付嘱託を検討します。文書提出義務を負う場合については次のように規定されています。
(文書提出義務)
第二百二十条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
なお、文書提出義務が民事訴訟法220条4号(黄色のアンダーラインの部分)である場合は文書提出命令によらなければならない場合でなければ認められません。
文書送付嘱託(民事訴訟法226条)
実務上、よく利用されるのが文書送付嘱託です。文書送付嘱託は、裁判所が当事者からの申立てを受けて、文書の所持している者に対し、文書を送付するよう求める手続です(民事訴訟法226条)。文書提出命令とは異なり、文書提出義務を負わない者に対しても嘱託することができます。ただし、当事者が法令の規定に基づき,文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は利用できません(民事訴訟法226条ただし書)。
(文書送付の嘱託)
第二百二十六条 書証の申出は、第二百十九条の規定にかかわらず、文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを申し立ててすることができる。ただし、当事者が法令により文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は、この限りでない。
※ この記事は、執筆当時の法令や判例、実務的な運用に基づいて作成しています。また、一般的な情報提供を目的とした記事となりますので、個別の事案については法律相談をご検討ください。